ミンダナオ国際大学はフィリピン共和国ダバオ市に所在するフィリピン日系人会が運営する高等教育機関である。

本学の開学はある一つの夢からはじまった。1980年代はじめ、日本フィリピンボランティア協会(Japan Philippine Volunteer Association)はダバオ市内にてフィリピン日系人を 支援する活動を行っていた。初期の活動は日本語学校を開校、それを起点として環境保護 活動、教育機関、地域への医療福祉活動、文化交流と活動を展開していく。そして、それ らの活動の集大成として福祉大学の設立に辿りつく。

故内田あやこ(旧姓:本田)は何度かダバオ市を訪れ、後に福祉を学ぶ大学の開設を夢 見た。市内中心部での嘆かわしい事実―孤児や捨てられたり、育児放棄された子供たち―を 目の当たりにした彼女は少しでもその状況を緩和させられるような活動を募り、後には多 大な費用を大学の建設費用として寄付するに至った。大学を開学するための委員会が結成された。2001年4月18、ミンダナオ国際大学は証券取引委員会(Securities and Exchange Commission: SEC)に登録され、高等教育委員会(Commission on Higher Education: CHED)の要件を次第に満たすようになる。必要書類をそろえる膨大な業務の傍ら教育体 系が構築されていく。

高等教育委員会第11地区管轄は最大で5つのコースの開設を許可する。初等教育学科(児教育および障害児教育)、中等教育科学専攻および数学選考の開設許可を年2002年2月13 日に受け、社会福祉大学学科高齢者介護専攻および児童福祉専攻、コミュニティ開発学科 の開設許可を2002年5月10日に受ける。

2002年5月20日ついに国際教養学科日本語学日本語専攻の許可を受け2002年に正式に開 学に至る。

2002年6月3日ミンダナオ国際大学は、ハイスクール卒業生と学位を有する社会人を受け入れる扉を開くこととなる。主にキリスト教徒、イスラム教徒、先住民とそして一握りの 日系人の新入生を迎えた。23人の男子学生と40名の女子学生、合計63名の学生を本学開学 時のパイオニアとして迎えた。同年6月10日のグランドオープニングセレモニーに引き続き 8月には日本人学生、教員そして観光客の方々が来訪した。時はたち、本学は児童が成長す るように成長を続けた。在学生数は60名程度から100名、200名そして400名へと達した。 またフィリピン国内北部から南部、日本、韓国そしてアメリカからも受け入れていることとなる。

国際教養学科は一番注目される学科としてあり続けた。さらに社会福祉学科は国際教養 学科と同様にMKDの二大看板学科となった。瞬く間にMKDは、国際交流基金マニラが主催 する日本語弁論大会等で堂々と賞賛を浴びることとなった。

世界各地で実施されている日本語能力試験において、4段階レベルの当時190名の合格者 を指導した。2007年時点において4級では167名、3級では68名、2級では4名、1級では2名 の合格者を輩出した。

MKDは、21世紀の若きフィリピン人が高度学術的専門性の追及し、および世界で活躍できる人材になることに資するために設立された。

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